自分の自慢話や、自分の知り合いの自慢話ばかりする人っていますよね。
知り合いに至っては、本当にあなたの知り合いなんですか?みたいな人もいるのですが、自慢話ばかりしてくる人の対処法について今回、日報に書こうと思います。
誰にでも自慢話をするというより、あなただから自慢話をするっていう人の方が多いと思います。あなたを下に見ているからこそ、自慢話をしてくるのです。
通常であれば、自慢話をする人とは距離を取るというのが真っ当な回答だと思いますが、ビジネスにおいては違います。自慢話をしてくる人は、対処することにより良い結果になることも多々あります。
本日の日報は、ビジネスにおいて自慢話ばかりする人の対処法について書いていきます。
【定時後の日報 #006】
報告者: 三流IT営業マン 東外 理生
本日のステータス: 早く週末になってくれないかと願っています
本日のKPI達成状況: 8%(全然、KPIに達していません)
1.【事象】自慢を聞き続けるのはつらい?
自分が優位に立ちたい。
それは、人の性(さが)でもありますが、聞いているのはしんどいですね。
なぜ、自慢話を聞いているのはしんどいのかというと、下記の3つのことを強いられているからです。
- 「素晴らしいですね」と感銘を受けたふりをしなければならないという高度な演技を強いられます。
自慢する側は「称賛」という報酬を求めています。聞き手は、相手の期待に応えるために、自分の本当の感情を押し殺して「素晴らしいですね!」と供給し続けなければなりません。これが自分の脳や心にとって非常に大きな負担になります。 - 心理学的に、自慢は「マウンティング(優位性の誇示)」の一種です。
人間の本能として、他人に下に見られることに対して防衛本能が働きます。自慢を聞かされることは、自分の価値を間接的に否定されているような劣等感の感覚を呼び起こすため、本能的に拒絶反応が出ます。 - 健全な会話は、キャッチボールのように情報と感情が双方向に行き来しますが、自慢話は「一方的な話」です。
人間の脳は「共有」や「共感」でドーパミンを出しますが、自分に関係のない、かつ自分を立てる余地のない話には興味を感じません。会話のバランスが崩れた状態は、自分の脳にとって「不毛な時間」と認識され、退屈とストレスを引き起こします。
2.【原因分析・対応】自慢話をする人の内面は、「非常に脆い自己肯定感」を抱えている
自慢を続ける人は、自分で自分を認めることが苦手です。そのため、他人からの称賛や驚きという他から認めてもらわないと、自分の価値を維持できません。
「自分は大したことないのではないか」「いつか実力不足が露呈するのではないか」という強い恐怖を隠している場合がほとんどです。
心理学者アドラーは、強い劣等感を持つ人が、それを隠すために「自分は優れている」と過剰に振る舞うことを「優越コンプレックス」と定義づけています。
自慢を続ける人は、聞き手が退屈しているか、しんどいのか、どう感じているかに意識を向くことができません。これは、自分の内面を守ることに精一杯で、他人の感情を推し量る余裕が無い状態です。
つまり、自慢話をしなければならない人は、寂しくてかなり脆く弱い人なのです。
ビジネスの対応としては、そういう脆い人の方が取り込みやすいのです。
相手の自尊心を刺激するようなこと、それは相手が求めていることであり、徹底的に聞き役となって適度に相づちを打つために、様々なことを広く知ることが肝要です。
ビジネスにおいては自分は仮面を被り演者として接すること、これが対応策であると思います。
そして、自慢話をする人をロイヤルカスタマー(優良顧客)に育てるために頑張るのです。
ただし、相手が助長し過ぎた場合、つまり過度な要求をするようであれば、ビジネスの観点でマイナスになると判断した場合は、すぐにきっぱりと付き合いをやめるという逃げ場も作っておかないといけません。
ビジネスの対応として大事なことは、相手の言いなりになるのではなく、相手の心を動かす影の主導権を握らなければ、ビジネスとして成り立たないことを心に留める必要があります。
3.【明日の展望】
ビジネスとして相手の自尊心をくすぐるためには、幅広い知識を持つ必要があると考えています。
そのためには、日頃から色々なことに興味を持って、アンテナを張り巡らせていきます。
そして、それらの知識を役者として演劇に出ているかのように、役をこなしていくようにしたいと思います。
箇条書きにすると、下記のようなステップを繰り返して、経験をこれからも積んでいきます。
1.幅広い知識を得るために、様々なことに興味を持つ
2.自分は役者であると割り切って、相手との舞台に立つ
3.相手の自尊心をくすぐることができているか、分析して次に繋げる
上記の1~3を繰り返す。
ただ、あくまでもビジネスとしての対応策となりますので、自分の生活圏内にこの考え方を取り入れるのは危険だと考えています。
使いどころは明確にはっきり持っておくことにしておきます。
